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浦和地方裁判所 平成3年(わ)89号 判決

本店の所在地

埼玉県朝霞市栄町四丁目二番一六号

代表者の住居

同市根岸台四丁目七番一五号

代表者の氏名

今野幸夫

株式会社永広建設工業

本籍

同市根岸台四丁目七番

住居

同市根岸台四丁目七番一五号

会社役員

今野幸夫

昭和一六年八月六日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官徳永眞澄、弁護人和田正隆(主任)・同松田豊治各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人株式会社永広建設工業を罰金一二〇〇円に被告人今野幸夫を懲役一〇月にそれぞれ処する。

被告人今野幸夫に対し、この裁判の確定した日から三年間、右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人株式会社永広建設工業は、昭和五二年八月九日、土木建築請負業等を目的として、資本金二〇〇万円で設立された会社で、本店を当初、東京都板橋区赤塚四丁目二三番二号に置き、昭和六一年一月八日、肩書所在地に移転させていたものであり、被告人今野幸夫は、被告人会社の設立以来、その代表取締役として、業務の全般を統括していたものであるが、被告人今野は、被告人会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外し、架空の外注工事費等の経費を計上するなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ、

第一  昭和六二年八月三一日、埼玉県浦和市常盤四丁目一一番一九号所在の所轄浦和税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年七月一日から六二年六月三〇日までの事業年度における被告人会社の実際の所得が三四四〇万一〇七六円であったのに、これが一〇四万九四四三円で、これに対する法人税額が三一万四七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税一三四八万八四〇〇円との差額の一三一七万三七〇〇円の法人税を免れ、

第二  昭和六三年八月三〇日、同県朝霞市大字溝沼一八九〇番地の九所在の所轄朝霞税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年七月一日から六三年六月三〇日までの事業年度における被告人会社の実際の所得が五二二四万三八二〇円であったのに、これが一八九万一四七円で、これに対する法人税額が五六万四七〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税二〇九七万九七〇〇円との差額の二〇四一万五〇〇〇円の法人税を免れ、

第三  平成元年八月三一日、前記朝霞税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年七月一日から平成元年六月三〇日までの事業年度における被告人会社の実際の所得が五七七八万九七四〇円であったのに、これが一一三一万六六一〇円で、これに対する法人税額が三七八万五一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、被告人会社の右事業年度における正規の法人税二三三〇万三七〇〇円との差額の一九五一万八六〇〇円の法人税を免れた。

(証拠の標目)

一、被告人今野の当公判廷における供述

一、被告人今野の検察官に対する供述調書二通

一、被告人今野作成の申述書

一、斎藤雄司、山田高、大畑輝夫、横山剛、石垣富士夫、新堀立喜、矢澤一訓及び木村高昭の検察官に対する各供述調書

一、豊田マツヨ、斎藤修二(二通)、小森芳、青木文義、中尾サチ子、佐藤喜代子、山上由美雄、須藤昭二、佐藤登、池田勇、赤岩繁幸及び猪狩修の大蔵事務官に対する各供述調書

一、木村勇、鳥山昇及び福島弘文作成の各答申書

一、検察官作成の捜査報告書

一、朝霞税務署長作成の回答書三通

一、大蔵事務官作成の各種調査書一八通

(法令の適用)

被告人今野の判示各所為は各事業年度ごとに法人税法一五九条一項に、被告人会社については、さらに同法一六四条一項に該当するところ、被告会社については、情状により、同法一五九条二項を適用し、被告人今野については、所定刑中懲役刑を選択し、右各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、被告人会社については、同法四八条二項により、合算した金額の範囲内で罰金一二〇〇万円に、被告人今野については、同法四七条本文、一〇条により、犯情の最も重い第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で懲役一〇月にそれぞれ処し、被告人今野に対し、同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

被告人会社の実体は被告人今野個人と同一視されうるものであり、同被告人が自らの事業を被告人会社、すなわち、法人として営む理由は、税法上をはじめ、経済社会における種々の利便を受けようとすることにあるものと思われるところ、本件犯行は、自らの経済活動について、右利便のみを享受し、社会的な最少限の責任、すなわち、応分の法人税の負担を免れたものであること、その目的が専ら同被告人個人の蓄財にあったこと、その態様は、前記のとおり、確定申告にあたり、売上の一部を除外し、架空の経費を計上したものであり、そのために、日頃から、施主からの工事代金を下請会社名義の領収書を発行して受け取ったり、下請け会社その他の取引先から架空の代金の領収書の発行を得るなどして虚偽の書類を作成し準備していたこと、この違法な作業にあたり、関係者に対償を与えることも敢えてしていたこと、犯行が三年にわたり、脱税額が多額に達したこと、しかも、虚偽申告の程が著るしく、前記各事業年度における実際の所得の僅か二・三、二・七、一六・二パーセントを申告したものであったこと、右の日頃の脱税操作の過程で、被告人今野は、被告人会社に入るべき売上金を他人名義で開設した銀行口座に入金し、或いは、被告人今野が負担すべき支出金を被告人会社に経費として負担させるなどして自らの蓄財に専念したこと、同被告人は、これを基に、昭和六二年から平成二年にかけて、被告人会社の工事で永広ビルを建設し、これら自らのものとしたが、これに際して、前記と同様の偽りの書類操作を行い、実際の工費の一億円を三五〇〇万円と計上し、両被告人に不法の利得を生じさせたこと、そして、以上の事実に、被告人会社が本件に先立ち、昭和五八年にも税務調査を受け、約八〇〇万円の申告漏れが発覚し、修正申告を行っていたことなどを併せ考えると、事案は真に悪質で、被告人らの罪責は重いというほかない。

他方、被告人今野は、経済的に恵まれずに育ち、中学校を卒業すると上京し、以後、自らの力で事業家への道を拓き、弱冠二四歳で鉄骨工事業を始め、昭和四五年に結婚して二子を育てつつ、三六歳の昭和五二年に前記のとおり、被告人会社を設立して事業を拡大し、自らの幼少のころに味わった苦労が弱者への思いを深くし、昭和五八年には、埼玉県新座市に全国で初めての身体障害者のための自動車教習所を奉仕的に建設して表彰され、このことが社会的信用を高め、経営に資することともなり、それにも拘らず、自らは質素な生活に甘んじていた要すが窺われるところ、同被告人が本件犯行に及んだ原因は、自らが人生の半ばを迎え、家族の将来の生活の安定を図るべく、マンションの建設を考え、その資金を捻出しようとして性急に失したことにあり、これに、前記の自動車教習所建設の時と同様、幼少時の体験が多分に影響した様子が窺われること、また、その背景には、利を貧ることに手段を選ばない拝金主義的社会風潮があり、これが同被告人の規範意識を少なからず鈍麻させたことも想像されること、現に、前記のように、同被告人の違法な書類作成に対償を得て協力した者も存したこと、本件犯行の態様は、前記のように、比較的単純で、いずれも発覚を逃れえないものであったと思われること、その脱税額は多額に達したものの、被告人会社は、その発覚により、本税のほか多額の延滞・重加算税を課せられ、これにより、前記三事業年度における秘匿所得を大部分失うこととなり、被告人今野は、自ら土地建物を担保に五〇〇〇万円の融資を受けて納税し、なお、約七〇〇万円の未納分の資金調達中にあること、また、同被告人の取得した永広ビルは結局被告人会社のものとなり、被告人今野は、その敷地に被告人会社のために使用借権を設定したこと、被告人らは、本件が社会的に広く報道されたことにより、これまで長年にわたって築いた信用を一度に失い、工事の注文も殆どない状態に陥り、従業員も解雇して現在に至っていること、被告人今野は、本件審理を受け、自らが犯した罪の重さを改めて知り、反省、悔悟の念を深めた様子が認められること、そして、委託税理士を変え、被告人会社の経営の健全化を図っている様子も認められること、被告人今野には、これまで特に問題視すべき前歴は認められないこと、その他、その家庭状況や年齢の程など斟酌すべき点も存する。

これら諸般の事情を総合考慮した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩垂正起)

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